2005年 05月 05日 ( 2 )

きのこのリゾット

1日の飲み会で作り損ねたリゾット。 せっかく材料は揃えたのだし、翌日作ってみた。
実は、リゾットを煮る「ブロード」というスープも手作り、という 私にしては凝ったものにトライ。

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←先ずは、野菜のブロード。
各種香味野菜を煮込んで作る。 
水の量が半量になるくらい煮込むので、結構時間がかかった。

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米や玉ねぎなどを炒めてワインで風味付け、ブロードを何度かに分けて足していき、時間をかけて煮炊く。
根気が必要。

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最後にパルミジャーノ・レジャーノとバターをかけて溶かし込む。
きのこのリゾットの出来上がり(^-^)

お味は、なかなか美味しかったのであるよ。 
ホントだよ(笑)
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by chocolat_13 | 2005-05-05 21:48 | 食べもの・お酒 | Trackback | Comments(4)

ゴールデンウィークの桜

ゴールデンウィーク、北海道は快晴続き。 ただし、相変わらず木々は寒々しい。
桜前線はまだ函館どまり。 道内各地で咲き始めるのは、今週末くらいだろうか。

数年前のこの時期、桜の花はすでに満開だった。 
祖父の葬儀があった日も。
数年前の春先、風邪をこじらせて入院した祖父は、
その後肺炎を併発して、びっくりするほど呆気なく帰らぬ人となってしまった。
ゴールデンウィーク最中の昨日は、私の祖父の命日だ。

当時の市営の火葬場は小高い丘の一角にあり、粗末なコンクリート造りの焼き場と待合所の裏手には
たくさんの木々が立つ林が広がっていた。
5月5日の節句の日、その林は満開の桜で彩られ、風に乗って桜の花びらがたくさん降って来て
とても幻想的な風景だった。
その翌年には市の新しい火葬場が出来上がり、丘の上の古い焼き場は使われなくなった。
全てが合理化された近代的な火葬場は、たぶん祖父の葬儀にはふさわしくなかっただろう。
あの古めかしい薄暗い場所と対照的に美しい、桜のあふれた戸外の風景は、
おそらく祖父にとって最高の餞のロケーションだったと、今でも思う。

祖父の死は、私にとっては親しい家族を直に見送る、物心ついて初めての機会だった。
衝撃も大きかったが、それ以上に後悔の念が強い。
きっかけは単なる風邪で、それがあっという間に亡くなってしまうような事態に至ったのは
体力が弱っていたことよりも、気力の問題が大きかったと思う。
私の祖父は、若い時分から農家の大家族を長男として引っ張ってきた人で、
誰が見てもしゃっきり、しっかりした人だった。
そんな人が寄る年波には勝てず、いわゆる認知症気味になるなんて誰も想像だにしなかった。
そしてそんな状態を一番嫌っていたのは、他ならぬ祖父本人だったのだろう。
徐々に落ちていく体力、周りの年寄り扱い、入院時の世話など、全てが本人の意思に反していたようだ。
おそらく祖父の中では、生きていくことにあまり未練がなかったのだと思う。

私は、最終的にどういう形で死ぬか、死を選ぶ権利は本人にある、と思っていた。
今でも、本人が決めるのが理想だと思っている。
でも、その意思によっては、後に残される人をこんなにもやりきれない気持ちにするものだとは
正直、思いもしなかった。
例えば、植物人間状態で意識もなく、機械によって生かされる状態なんて好ましくない。 
でも、そういう状態でもこの世にいてほしい、と思う家族の気持ちも確かにあるのだ。

私は今でも、祖父の死は自ら選んだ死だ、と思えてならない。
そんな風に思うのはやりきれないのだが、もしも祖父がもっと生に未練を持っていたならば、
あんなに呆気なく死ぬことはなかったのではないか、と思っている。
そして、そんな風に思うことは、残されたものとしてはとてもつらいことだ。
だってやっぱり考えてしまう。
正直に言うと、私は普段からきちんと祖父と接していたとは、とても言えない。
常日頃から話し相手になって、自分が必要とされている、と実感してもらえていたら
状況は全く別だったかもしれない。
そんな風に考えることは、単なる傲慢なのだろうか。
少々話し相手になったからといって、祖父の生への諦めを止めることはできなかったかもしれない。
日常の繰り返しの中では、そんな態度を持ち続けるのも難しい、ということも分かっている。
それでもそういう可能性があった以上、後悔してしまうのだ。 やり残したことへの悔い。

今、入院している祖母の見舞いには、できるだけ寄っている。
二人で何かにつけ話をしていると、色んな話が聞ける。 
家族のこと、北海道に来た頃のこと、戦争のこと。。。
こんな会話を祖父としていたら、と考えずにはいられない。
祖父の死に関する、ぬぐってもぬぐい切れない感情。 
それは、できるだけのことをしなかったかもしれないという、後悔の念。

だから、桜の季節は私にとってちょっぴり寂しくて、後ろめたい。
桜の花が風に舞うのを見るたびに、あの日の澄んだ山の空気を思い出さずにはいられない。
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by chocolat_13 | 2005-05-05 04:06 | ひとり言 | Trackback | Comments(2)

カフェと古楽と着物好きの   お気楽ガンバ弾きの日常です。 


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